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2012年01月29日

「うつろな目の少女」その3

「うつろな目の少女」その1
「うつろな目の少女」その2
「うつろな目の少女」その3
狼魔人日記続・沖縄戦の女装の少年、地元紙も知らなかった女装の謎に寄せられたコメント
絶対!おかしい! (Unknown)
2011-09-09 17:43:37
 この写真の少女?は、大城盛俊氏じゃないですよ!
玉那覇春子というれっきとした女性です!
1985年に製作された短編記録映画「戦場ぬ童」という映画で、この写真の女性、玉那覇さんが出演・証言していますよ!
このときに右手首を負傷されていて、映画では右手を切断されてのインタビュー出演でした。
この映画を撮った、橘 祐典(たちばな ゆうてん)という監督も共産党員の左翼主義者ですが、どっちがホントなんですかね!!??
 ただひとつ真実なのは、どちらかが、ウソをいってることです。


「うつろな目の少女」その3「うつろな目の少女」その3「うつろな目の少女」その3

「大伴家持晩年の歌集を求めて」というブログの
『写真記録 これが沖縄戦だ』大田昌秀編著(琉球新報社)では
ちなみに、表紙の写真に写っている少女は自分だと名乗り出た新聞記事「夏草の祈り・あの時子どもだった」(昭和60年8月12日)がある

という記述と新聞が貼られています。
「うつろな目の少女」その3

映画の中では右手がない様子がわかります。
新聞の記事には「右手は義手」と書かれています。

大城さんが正しいのか、玉那覇さんが正しいのか、ご覧頂いた方が判断していただけると思いますが
私は玉那覇さんが「うつろな目の少女」ご本人だと思っています。

「うつろな目の少女」その3
大城さんも確かにつらい思いをされたのだと思います。
ですが、このような嘘をつく必要があるのでしょうか?
大城さんに贈る言葉があります。
「うつろな目の少女」その3


■カンパ協力のお願い■

琉球新報の言論封殺と捏造報道に敢然と戦いを挑んでいる上原正稔さんをご支援下さい。
琉球新報の言論封殺に対し、徒手空拳で戦いを挑んでいるドキュメンタリー作家上原正稔氏の「パンドラの箱掲載拒否訴訟」の第6回公判は3月13(火)10時30分の予定です。

これまで皆様のカンパにより戦いを継続してきましたが、沖縄のマスコミから村八分状況の上原氏は現在闘争資金に不足をきたしています。
担当弁護士の先生も手弁当で支援して下さっていますが、打ち合わせ等をするにも交通費・滞在費等の出費を無視できません。
沖縄の閉塞した言論空間に戦いを挑んでいる上原さんの訴訟に、三善会は皆様の支援金のご協力のお願いを致しております。
支援金は、裁判の支援・報告会・講演会等の開催や広報活動等に活用させて頂きます。
振込手数料につきましては振込者にてご負担下さるようお願いします。
なお次回の第6回公判時には、日頃お忙しいご支援者の皆様のため日曜日を利用して「沖縄の言論封殺と沖縄戦」をテーマにした講演会を計画しております。
詳細が決まり次第改めて御案内いたします。



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Posted by ヒロシ@tida at 14:38

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