2013年04月26日
屈辱の日?それとも捏造の日?
沖縄マスコミは突如4月28日が屈辱の日であると騒いでいます。
学校ではこのようなプリントを配布して子供たちを洗脳の渦に巻き込もうとしていました。
有志の方の活動によって配布中止になった様ですがそのプリントを入手する事ができました。
学校現場でどのような文書が配布されようとしていたのか、ご覧ください。
画像はすべてクリックすると拡大する事ができます。
屈辱の日配布文書-1
屈辱の日配布文書-2
中山先生から一言頂きました。
また、当時の沖縄タイムスや琉球新報がどのように報じていたのかご覧下さい。
屈辱だと感じている様子は全くありません。
沖縄タイムス19520428-1
沖縄タイムス19520428-2
沖縄タイムス19520429-1
琉球新報19520428-1
琉球新報19520428-2
琉球新報19520429-1
これもゆすりたかりだとおもいます。
学校ではこのようなプリントを配布して子供たちを洗脳の渦に巻き込もうとしていました。
有志の方の活動によって配布中止になった様ですがそのプリントを入手する事ができました。
学校現場でどのような文書が配布されようとしていたのか、ご覧ください。
画像はすべてクリックすると拡大する事ができます。
屈辱の日配布文書-1
屈辱の日配布文書-2
中山先生から一言頂きました。
また、当時の沖縄タイムスや琉球新報がどのように報じていたのかご覧下さい。
屈辱だと感じている様子は全くありません。
沖縄タイムス19520428-1
沖縄タイムス19520428-2
沖縄タイムス19520429-1
琉球新報19520428-1
琉球新報19520428-2
琉球新報19520429-1
これもゆすりたかりだとおもいます。
Posted by ヒロシ@tida at 17:46
この記事へのコメント
「主権回復の日」は様々な解釈が可能な複雑な内容です。今回最も問題視されているのは「4月28日が日本全国的に祭典も行なわれる祝うべき日か?」の解釈です。
4月28日は日本の大半が米国支配から脱却し、主権を確立した日です。その意味では近代日本史にとって重要な日であり、教科書記載や一般の方々への普及は必要な事では有ります。しかし、祝いの日とすべきかに関しては、甚だ疑問です。
4月28日当時に日本に起きた事を以下に記載させて頂きます。
①現在日本版図になっている地区を一部とはいえ、放棄した日
日本は敗戦により、海外から屈辱的占領を受けていました。4月28日に日本は大半の領土の自主権を復活出来ましたが、見方を変えれば「海外からの軍侵略に対し、奄美・沖縄等一部地区の主権を乗っ取られた日本にとって屈辱的な日」でもあります。
②奄美・沖縄にとっての立場
奄美・沖縄は4月28日に、日本から切り離される形で、日本である事を拒否されました。奄美は数年で返還されましたが、沖縄はこの後数十年間に渡り、日本から切り離された立場です。言い方を帰れば、4月28日は「沖縄にとって、日本から捨てられた屈辱の日」です。
以上、本来4月28日は沖縄のみならず日本にとっても政治的意味合いで屈辱の日です。
私達沖縄県民も、4月28日意義徹底まで拒むつもりはありません。ただ、屈辱以外の何物でもない意味も併せ持つ日を「主権回復の日」として全国的祝典まで行なうのは、幾らなんでもやりすぎでしょう。ましてや沖縄はご当地で直接被害を現在進行形で蒙っている地区です。安部総理は何故、この様な「火に油を注ぐ」行為を行なったんでしょうね。
4月28日は日本の大半が米国支配から脱却し、主権を確立した日です。その意味では近代日本史にとって重要な日であり、教科書記載や一般の方々への普及は必要な事では有ります。しかし、祝いの日とすべきかに関しては、甚だ疑問です。
4月28日当時に日本に起きた事を以下に記載させて頂きます。
①現在日本版図になっている地区を一部とはいえ、放棄した日
日本は敗戦により、海外から屈辱的占領を受けていました。4月28日に日本は大半の領土の自主権を復活出来ましたが、見方を変えれば「海外からの軍侵略に対し、奄美・沖縄等一部地区の主権を乗っ取られた日本にとって屈辱的な日」でもあります。
②奄美・沖縄にとっての立場
奄美・沖縄は4月28日に、日本から切り離される形で、日本である事を拒否されました。奄美は数年で返還されましたが、沖縄はこの後数十年間に渡り、日本から切り離された立場です。言い方を帰れば、4月28日は「沖縄にとって、日本から捨てられた屈辱の日」です。
以上、本来4月28日は沖縄のみならず日本にとっても政治的意味合いで屈辱の日です。
私達沖縄県民も、4月28日意義徹底まで拒むつもりはありません。ただ、屈辱以外の何物でもない意味も併せ持つ日を「主権回復の日」として全国的祝典まで行なうのは、幾らなんでもやりすぎでしょう。ましてや沖縄はご当地で直接被害を現在進行形で蒙っている地区です。安部総理は何故、この様な「火に油を注ぐ」行為を行なったんでしょうね。
Posted by 沖縄県民 at 2013年05月02日 13:56
沖縄県民さま
コメントありがとうございます。
いろんな意見はあると思いますが奄美・沖縄・小笠原まで含めることにこだわっていては主権回復が遅れる事につながったのではないでしょうか。
当時のタイムス新報が報じているように日本の主権回復があってこそ沖縄が祖国復帰へつながる道のりだったと考えるのが、妥当ではないかと私は思います。
当時のタイムス新報には「屈辱」という表現は見当たらず「希望」を抱いているように思えます。
日本の主権回復が遅れていたら竹島問題が他にも発生していたかもしれません。
領土問題解決はかなり大変です。
ほとんどが武力を持って解決するしかないなか、日本とアメリカの間では交渉によって奄美・沖縄・小笠原等を返還させる事に成功しました。
これもひとえに日本の主権回復があったからだと私は思います。
ですから、私には「屈辱」という認識はありません。
私は沖縄県に対して復帰記念日をもっと盛大に祝ってほしいのと同時に沖縄県がもっと積極的に北方領土・竹島問題に対して参加してほしいと思います。
復帰が遅れた沖縄だからこそ、参加すべきだと思います。
コメントありがとうございます。
いろんな意見はあると思いますが奄美・沖縄・小笠原まで含めることにこだわっていては主権回復が遅れる事につながったのではないでしょうか。
当時のタイムス新報が報じているように日本の主権回復があってこそ沖縄が祖国復帰へつながる道のりだったと考えるのが、妥当ではないかと私は思います。
当時のタイムス新報には「屈辱」という表現は見当たらず「希望」を抱いているように思えます。
日本の主権回復が遅れていたら竹島問題が他にも発生していたかもしれません。
領土問題解決はかなり大変です。
ほとんどが武力を持って解決するしかないなか、日本とアメリカの間では交渉によって奄美・沖縄・小笠原等を返還させる事に成功しました。
これもひとえに日本の主権回復があったからだと私は思います。
ですから、私には「屈辱」という認識はありません。
私は沖縄県に対して復帰記念日をもっと盛大に祝ってほしいのと同時に沖縄県がもっと積極的に北方領土・竹島問題に対して参加してほしいと思います。
復帰が遅れた沖縄だからこそ、参加すべきだと思います。
Posted by ヒロシ@tida at 2013年05月02日 16:55